ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

日銀を打ち負かせるか①

6月14日にブルームバーグ「日銀が屈するまで日本国債をショートする」という記事が掲載された。ブルーベイアセットのCIOマーク・ダウディングの発言で、日銀のイールドカーブコントロールは維持不可能というものであった。

先週の日銀会合で大規模緩和継続の決定がなされ、世界の潮流に逆行する金融スタンスが明らかになって以降このような論調が増えている。

確かに昨年オーストラリア中銀がYCCを放棄したことや日銀会合直前にスイス国立銀行が想定の幅を超えて利上げに踏み切ったことからも早晩日銀が政策転換を行うという見方は整合性がある。BRICSの名付け親として高名な元ゴールドマンのジム・オニールも同様の発言をしており、マーケットでも10年物の円スワップレートは日銀が上限とする0.25%を超えている。

メディア媒体を通じた強気な発言は伝播し市場心理に影響を与えていくこともあるから、過激な発言で注目を集めるポジショントークの部分も少なからずあるように思われ、各国の金融政策が不透明な時期だからこそヘッジファンド知名度を高めることにも一役買ったことであろう。

この記事を見てカイル・バスのことを思いだした。2011~2012年に「日本売り」を各メディア媒体で公言していた。当時は2008年のサブプライム危機の後遺症が残る状況で、更に悪いことに欧州債務危機が発生している最中で、金融システムそのものや中銀への信頼が大きく揺らいでいた。その2つの危機を的中させたという触れ込みで一躍有名になったのがカイル・バスと彼の運用するヘイマンキャピタルで、2011年東日本震災で生じた構造変化に直面した日本経済に次のターゲットを定めたのである。2012年1月の日経インタビューで「18カ月以内に日本国債バブルが崩壊する」との発言を行った。その後の推移を説明するまでもないが18カ月で崩壊は起きず、2013年黒田日銀総裁の誕生と共にその可能性は消えた。その時、複数の日本国債売り要因を挙げており「公的債務のGDP比率」「貿易赤字が引き金になる財政の悪化」「人口減と高齢化」などを売りの根拠としていたが、カイル・バスとしてはショートポジションが次々と的中する中で、日本国債特有の需給関係、日銀の存在を軽視したのではないだろうか。彼のキャリアはベアスターンズ(2008年実質的破綻)、レッグメイソンでのディストレス戦略策定に携わることで築かれたものであるから、日本の経済指標や財政的指数にそれまでの投資先との共通項を見出していたのかもしれない。その後、ヘイマンキャピタルは香港ドルのドルペッグ制崩壊に賭けた投資で多額の損失を発生させている。

空売りで成功を成し遂げた投資家は大きいリターンと、既成概念から脱却し事実を見出した慧眼から絶大な名声も得られる。それゆえヘッジファンドの猛者は果敢に空売りで大企業や中銀に挑むのであろう。空売りで伝説となったジョージ・ソロスのポンド売り、エンロンを破綻に追い込むきっかけを作ったキニコスのジム・チャノス、彼らの存在が空売り投資家を後押ししている。

空売り自体が悪者扱いされることが多いが、企業や国に健全で効率的な運営を促し、不正行為を牽制する役割を持つ。また流動性の供給や適正な株価形成にも貢献している。様々な分析や運用手法があって価値観が異なるからこそ市場は機能する。

冒頭のマーク・ダウディング発言やカイル・バスについても投機を行っていたわけではなく、根拠あって投資に踏み切っているわけではあるが、日本の投資家にとっては的中してほしくはないシナリオである。