ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

日銀を打ち負かせるか②

ウィドウメーカーディールという証券用語がある、直訳すれば「未亡人を作る取引」。挑んでも毎回負けてしまうような取引のことを言う。それぞれの業界で使われるワードなので、オンラインゲームのキャラクターになっていたり、医療業界では心臓発作を引き起こす主冠状動脈狭窄の俗称だそうである。金融業界では日本の財政破綻国債暴落がそれにあたる。長らく指摘されているものの今のところそれは現実になっていない。

日本の財政破綻が取り沙汰されてから久しい。金融危機の真っただ中1999年小渕総理が「世界の借金王」と自虐的に言っていた頃からすると隔世の感があるが、危惧されたことは現実にはまだ起こっていない。

株式アナリストであれば市況の読みが少しでも外れるだけで批判される一方で、日本国債暴落にかけるという一手が過去20年間トレンドから外れているともいえる。2001年2002年2011年にS&Pが格下げを行ったということで面目躍如であるかもしれないが、基調として日本国債利回りは下落し続けている。短期的に金利が急騰し債券単価が下落に見舞われたのは、1998年大蔵省資金運用部国債買い入れ停止、2003年のバリューアットリスクショック等があげられるが、何れも短期間で終息した経緯がある。

マーケットに答えを求めるのであれば日本国債は低位安定であり、日本の財政破綻という論説はGDPに対する政府債務残高の大きさが示す意味を飛躍させすぎた論理ということではないか。国債残高のGDP比は「財政の健全性」「財政の持続可能性」を計る尺度の中の一つである。

日銀の存在

財政破綻が起こる要因は多々あるが、主だったものとしては下記になる。

実体経済の悪化による税収減

不良債権の増加、バランスシートが毀損した金融機関への公的資金注入

③短期国債利回り上昇による資金調達難

国債下落による信用収縮、外国資本の引き上げ

⑤通貨安、対外債務増加

⑥経常収支の悪化

近年発生した財政破綻事象としてはロシアやアルゼンチン、ギリシャをはじめとした南欧諸国が挙げられるが、これらの要素が絡み合い、更にループして繰り返される悪循環が起こっていた。一方、日本では2011年東日本震災発生により、急激な景気低迷と財政悪化が危惧されたものの、壊滅的な状況には陥らなかった。上記のプロセスの中で日本固有の背景と事情があることが考えられる。

まず指摘できるのは買い手としての日銀の存在。2013年の異次元緩和導入以降、その消化のほとんどは日銀によってなされている。緩和以前は10%程度であったのが現状60%、ピーク時の2016年には90%近くが日銀の買い入れであった。昨今の0.25%の国債無制限購入も日銀の存在感をより強くしている。

そして保有者としての日銀の存在。現在40%を日銀が保有しており、35%が銀行・生保・損保、公的年金も入れると国内での保有率は80%以上あり、海外は15%程度しかない。国内における、企業、個人の資金余剰が滞留している状況は続いており、それが日銀の消化姿勢を担保している。つまり財政悪化における大半の懸念要素は日銀によって解消されている。

そして国債暴落説によく引き合いに出されるのが1人当たりの借金であるが、本質的に論点がずれている。国債の発行残高が1000兆円を超え、1人当たり1000万円を超えたと報道がされた。

主体が異なる以上、同列に語るべきではない。個人であればローンや負債は収入があるうちに完済するのが基本であるが、国の場合、寿命がない。

国が永続すると考えれば、国民はいなくならないし企業もなくならない。そして世界最大の債権国であることを加味すると恒常的に収入はある。同様に、国民が存在し公共サービスの実施や社会保障を行っているのであれば負債項目が存在しているはずである。ある特定の一時点を切り取って負債がゼロというのは国家としては考えられない。

個人が負債無し、企業が無借金経営であるということはあり得ても、国に借金がないという状況は現実的には起こりえないことである。あり得るとすれば超高課税国家か強権的権威国家ぐらいであろう。

経済成長力を財源に

財政健全化のための増税や緊縮財政を取ると経済は悪化する、景気を重視しようとすれば財政が悪化する。相互に影響をしあい双方を同時に採択することはできないジレンマがある。岸田政権は「経済があって財政」という立場を前提にしているが、直近の金利上昇に伴う利払費増加や、高齢化に伴う国内消化の減少、資源高騰による貿易収支の悪化、これまで良好であった需給関係が今後も持続する保証はない。財政規律を示し、それに対する財源を経済全体のキャッシュフローで埋めていくことが重要で、財政リスクを顕在化させないためには金融市場からの信認を確保しながら道筋を示すことが肝要になってくる。今はまだ国の借入れが過大であるという兆候が金利、景気等の指数で確認されていない、だからこそ先般の「骨太方針」で示された新しい資本主義下においての成長力が問われるのである。

問題は、今のペースで国債発行が続くと債務残高が金融資産を超えて累積し続けていくタイミングがいずれ来ることにある。債務残高の要因を分解すると「基礎的財政収支」「利払い要因」「経済成長要因」となるが、国として成長分野を見極め積極的な投資を行い、経済が育ち緩やかなインフレが実現するまでに、恒常的な基礎的財政収支の赤字を縮小する継続的な取り組みが必要になる。基礎的財政収支プライマリーバランス)黒字化は目標が幾度となく先送りされてきた悲願である。コロナ危機で税財源の裏付けなく拡大した想定外の歳出が重くのしかかっているこのタイミングであるからこそ、政治的に高度な判断を要する消費増税社会保障費抑制の議論が必要であり、国債発行ルールそのものに切り込み、安易な赤字国債の借り換えを許さないような自制が今後重要になる。

 

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