ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

VUCA下でのWTI

VUCAと言う略語が使われ始めて久しいが、各国が直面している現実はまさにVUCAそのものである。1年前にロシア侵攻を想像するのは困難であったし、半年前これほどの金利上昇が起こりマーケットが翻弄されているていると予測するも難しかった。

「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」これを最も端的に表すのは、原油価格ではないだろうか。

今では信じられないが2020年3月20日、ニューヨーク先物市場でWTI(ウェストテキサスインターミディエート)で原油価格が初めてマイナスになった。2020年の2月、3月はコロナウィルスまん延によって経済活動が一斉に停止し需要が急減、供給側も貯蔵施設が飽和状態になり在庫をそれ以上抱えられない状況になった。商品市況のみならず投資資金引き揚げも相次ぎ、WTIがマイナスになってしまったという事態である。

価格がマイナスになること自体通常考えづらいが、コロナ後の反発を狙った買いが相当数入っていたものの、先物ロールオーバーの際に普段は買いで応じるエネルギー企業が、貯蔵施設での受け入れが困難であることから買いを入れず、決済の売り注文が連鎖的に下げを加速させ、一時マイナス40ドルまで急落した。

WTIは先物で主流の「差金決済」ではなく「現物の受渡し」をオクラホマ州クッシングで行うため、貯蔵施設を持たない投資家は投げ売るしかない状況であった(北海ブレントは差金決済可能)。

製油所の稼働を落とし減産をする過程で体力のない企業は苦境に立たされ、特にシェール業界は低格付け債の発行で資金調達を行っている企業が多いこともあり、チェサピークをはじめとした多くのシェール業者が破綻した。当然のことながらシェールの新規開発中止が相次いだ。一般に新規シェール油井の損益分岐点は30ドル前後と言われており、採算割れが不可避な水準で、当時産油国サウジアラビアとロシアの協調減産交渉が決裂し、サウジアラビアは増産を表明していたことからコスト競争力を失うのは明確であった。前年上場を果たした国営石油会社アラムコは3ドル前後と言われる(サウジの財政的な分岐点は80ドル前後と言われている。)

この一件が脱炭素の動きを加速させたのは間違いないが、この短期間で取り巻く環境が180度変わってしまったという事実にはただ驚かされる。逆説的であるが、前提がいとも簡単にひっくり返るVUCAの時代だからこそ、不況入りに怯える中での資源高も恒常的とは言えないのではないか。