ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

仕組債の功罪

メディア媒体で仕組債の報道が増えている。様々な解説がなされているので詳しい商品性は割愛するが、仕組債というワードを頻繁に目にするようになった理由は明らかである。

  • 運用が失敗し、苦情やトラブルが増えたから
  • 銀行、証券会社、IFA等の販売が過度に行われていたから。
  • 投資家、販売側も失敗経験が少ないから
  • 金融庁が問題視したから

問題1 販売姿勢

仕組債はオプションやスワップを利用した金融派生商品である、債券を組成する際に個別株、指数、為替、金利等、様々な投資対象を組み込むことで利回りを高くすることができる。一方で、構造や商品性が複雑であるのでリスクの所在が分かりづらくなっている。さらにコスト体系が不透明でブラックボックス化されている。

本来、機関投資家ニーズに沿った商品性であるから、個人をターゲットにすること自体に難しさはあるのだが、長引く低金利を背景に、比較的短期の運用になり高利回りであることが個人投資家に支持されていた側面もある。

しかし結論から言うと、自己責任のもとに投資家のリテラシー不足というのは簡単ではあるが、販売側に帰する責任のほうが大きい。

というのは、販売側からすると、上述した利回りが高い、短期で運用できる、手数料体系が不透明というのは格好のセールス材料となる。さらには「株」ではなく「債券」とことさらに強調したセールスが可能になる好商材だからである。

発行体と運用対象が異なるというのも、誤認を生じさせやすい要素である。

例えば「A国B銀行発行 円建て トヨタ自動車対象 EB債」というものがあったとする。営業員は「株ではなく債券で」「トヨタを対象に」「円で」と売り込むが、トヨタ自動車自身は運用に一切関わっていない、運用対象に選ばれているだけである。しかし、上記3要素に加えて、「高い金利」と「期間」を繰り返し念仏のようにセールスされれば、「トヨタなら安心だ」となってしまう投資家が多い。

そして大抵の仕組債には早期償還条項(ノックアウト)がついており、運用対象株価が5%上がるといった、一定の状況下において運用期間が、早期に満期となることで短くなる。これが何を意味するのかというと、金融庁が問題視する投資信託における回転売買の代替収益源になるということである。

2021年投資信託の平均保有期間が過去最長になった。これは金融庁が金融機関に対して投資信託の乗換販売に対し厳しい姿勢で臨んだ結果であるわけだが、販売会社からすると収益源が断たれるのに等しい。その状況下でマーケットの好調さを追い風にパフォーマンスが上がってきた仕組債に白羽の矢がたったわけである。

それまでのように好況時に含み益が生じている投資信託を売却し、他の投資信託を買付ける乗換提案はできない。しかしマーケットが上がれば、仕組債は満期になる、そして新たな条件を提示することで同一資金を仕組債に再投資することができる。金融庁に目をつけられるような投資信託の乗換手数料を獲得するリスクを負わずとも収益化が図れ、それもマーケット上昇局面であれば、償還から再度販売する機会が短期間のうちに何度も訪れる。

(余談であるが、証券会社の一部では投信信託の保有期間を延ばすために、顧客の売却意向に応じない、月間の乗換件数、乗換販売額を決める、投資信託の販売金額をノルマとする、といった方策で計画的に保有期間をコントロールしようとしている。)

販売側にとって「売りやすく」「儲けになる」からこそインセンティブになり、それを突き詰めていく販売姿勢が問題である。

問題2 販売経験の少なさ

周期的に仕組債ブームが来るが、現場一筋という営業マンは多くはない。中堅営業員以上であればリーマンショックや東日本震災での暴落を経験しその顧客対応の中で仕組債のリスクを嫌というほど体感させられたはずであるが、2013年以降にキャリアをスタートした営業員やそれ以降に投資を始めた投資家はアベノミクス相場以降、基本的に上昇トレンドであったので、下落しても戻る、時間がたてば大丈夫という感覚を持っていたのであろうと思う。他社株転換条項付債券(EB債)についても、運用が成功裏に終わらないと下落し、評価損の状態で株券が戻ってくるわけであるが、2021年3月に日経が30年ぶりに30000円を超えた。そのような環境であればリスクは覆い隠されていたといってもいいだろう。著者も現場で目の当たりにしたが、新入社員や若手社員が驚くような成約を取ってくるのが一番多かったのが仕組債であった、おそらく何の偏見もなくセールスできたのであろう。

問題3 販売媒体の増加

最近の傾向として販路が増えたことも一因である。2021年6月の金融庁発表の「投資信託等の販売会社定量データ分析結果」から見て取れるのは、低金利の運用難に直面し、販売を強化した地銀や独立系IFAの一部の増加しているということ。ちなみに販売手数料平均は業界で2.5%強(実質的なコストとは異なる)。新たな販売者と新たな投資家が増えたことが、問題を大きくしたのではないだろうか。

今後の販売環境

金融庁も事態を深刻に見ているようで、今後規制が強化されていく見通しである。

2021年12月の金融審議会におけるワーキンググループで仕組み債の情報開示について議論がされ、手数料構造を含めた情報開示を是正するべきという意見が出席者からでていた。かねてから金融庁仕組み債に限らず、投資家が適正に投資判断を行えるよう、商品性やリスク、コスト等をまとめた「重要情報シート」を使うように求めていたが、投資信託等では普及していたものの、仕組債での導入は図られていなかった背景がある。

そして2022年3月日本証券業協会は、仕組み債の販売時にコスト開示をするように意見を出し、一部の証券会社での検討が始まっている。

アメリカにおいては目論見書で販売価格と評価額を記載させ、実質的負担を開示するようにSECが求めている。今後自主的な開示でなく、義務としての開示が金融機関には求められてくると考えられる。

個人投資家はどう付き合うべきか

商品としてネガティブな点や販売上の問題を指摘したものの、著書は仕組債そのものについて肯定派である。

自身がリスクの所在を認識することができ、リターンが差し出すリスクに見合っているという運用的価値を見出すことができるのであれば利用すべきである。投資の世界に一方的な搾取はない、ギブアンドテイクの価値観のやり取りであるから、仕組債の存在自体が悪ということはない。

利用にあたって最低限必要なのは、自身で運用対象への理解を深めること、貯蓄ではなく投資であるということをしっかり認識することである。