ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

社風と人材

人材が人財と言われるようになって久しいが、本腰を入れて取り組む企業はそう多くはない。理由を推察するに、人的資本教育に明確な答えがないということに行き着く。今夏政府は人材投資に関する経営情報を開示するように企業へ求めるということであるが、非財務情報に関する認識が高まってきている半面で現場に落とし込んで何をすべきかが見えづらいということも一因であろう。

働く意欲、社員の幸福度において日本は諸先進国に比べ著しく出遅れてしまっている。「社畜」「ブラック」「残業」「パワハラ」といった負のワードがトレンド化してしまうのは、「働きがい」に乏しいということの表れである。

大量に採用しマニュアルに沿った顧客対応とセールスを研修で学ばせ、厳しめの目標設定を課す、その結果離職率が高いという「ターンオーバー」や「新卒一括採用」、「終身雇用」「年功序列」といった今まで通用してきた常識が変わってきたことに他ならない。そしてそれらの諸制度、慣習を生き抜いた社員が現在の経営幹部層になっていることが変革の障害になっている。人的な投資はコストであり、損益上マイナスになることからも現場の短期的利益が優先されたり、「やる気、働きがい」に対しての投資は甘えという「嫌なら辞めろ」的考えもいまだ存在するからである。経営論、マネジメント論に流行り廃りはあるが、このパラダイムシフトにどう対応していくのかを世界的企業の事例とともに考察してみたい。

  • ネットフリックス

ベストセラーになった「No Rules」に詳しいが、公表された行動規範・企業文化はフェイスブックシェリサンドバーグをして「シリコンバレーの最高傑作」と評された。ルールに縛られることを嫌い、優秀な個人が独立して自発的に意思決定を行う、生産性を高く創造性を発揮するためには手段を厭わないというのが基本理念である。フラットな階級構造であるため上下関係なく常に議論し率直に意見を言い合うカルチャーが特徴である。一方で徹底的に成果主義であり、自由の対価としての成果に対しての責任が厳しく評価される。

  • グーグル

世界的に有名な20%ルール「仕事時間の中で、20%を社員が個人的にやりたいプロジェクトに割り当てることができるプログラム」や無料のシャトルバスや食事、独創的なオフィススペースなど高い福利厚生が特徴で、ネットフリックス同様、個人の独創性、独立性を求めている。違いは、理念が社会的なインパクトやミッションの実現という比較的長期なものに設定されていることと、心理的安全性が重視されていることである。

  • アマゾン

GEが広め、かつてマイクロソフトも利用したスタックランキングシステムを導入しているのではないかとリークされた内部文書から指摘されている。従業員の成績に従ってランク付けを行い上位にはボーナスを与え下位は解雇するシステムのことを言う。ネットフリックス同様に自由と結果に対しての責任が明確な企業である。

  • ブルネロクチネリ(イタリア)

人間主義的経営。労働者の尊厳を第一に置くマネジメント。労働時間は短く、給与水準も高い。職人のメンタリティーと製品のクオリティを高めるために、劇場、図書館なども敷地内に作り、アカデミーも開講している。

  • 丸井

「手挙げ文化」、10年以上かけ浸透させた、社員が職種変更や社内プロジェクトの参加に自らが決めることができる文化

  • パントンライ(中国)

小売。地域内で高い給与提示、有給取得の奨励、無料休憩室、ジム、シャワー等福利厚生の充実。年末には利益の3割を従業員に還元。現場社員の声を取り入れる。従業員天国と言われている。

 

規模を問わず世界中の企業が試行錯誤しながら従業員教育や社風の確立に努めているさまが見て取れるが、会社を公器として捉え社会的課題の解決や社会貢献といった存在意義を達成するための環境が社風で、理念を共有する者を人材というのではないだろうか。

ネットフリックスのカルチャーデックに対して日本の最高傑作はソニーの設立趣意書「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」であろう。井深大の言葉が表すように、今の日本企業にとって必要なものはリスキリングや働き方を変える以前に、拠り所となるアイデンティティーとしての経営理念と存在意義の再教育をすべきである。

そしてこれからの企業は利益の源泉になる特許や商標といった細部にわたる知財、技術。人材、文化、伝統といった企業を構成する無形資産を投資家に訴えかける術を磨かなければならない。

一部の調査では2010年以降、主要米企業の企業価値の8~9割は無形資産と言われるが日本企業は3割程度に留まる。一方で財務指標であるPBRは日本のほうが低く放置されてしまっている。

21年内閣府は「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」をまとめた、6月7日の閣議決定で骨太方針に「人への投資」に4000億円の予算が組まれることとなった、今後も人的資本、研究開発のような長期に捉えるべき資本や様々な観点からの企業価値が評価されるような改革が進捗していくことに期待したい。