ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

地熱発電の可能性

2022年6月2日日経に「インドネシア地熱発電拡充」という記事が掲載された。国営石油会社プルタミナが5000億円を投じ、出力を現在の倍にするとのこと。

背景にあるのは政府が掲げる、2060年までに温暖化ガス排出をゼロにするカーボンニュートラル政策で、当面の目標は現在の再生エネルギーが占めるシェア14%を2025年までに23%まで高めるということである。持続可能な社会をという環境配慮が理念としてあるわけだが、インドネシアは60%超が石炭火力発電であり、ロシアのウクライナ侵攻以降、資源価格高騰やロシア産石炭の段階禁輸が脱炭素を経済的コストの面で誘因を与えている。

現在の地熱発電には2つの方式があるが、今回の案件は「バイナリ―方式」である。

「フラッシュ方式」:地下から取り出した高温の蒸気、熱水を使いタービンを回す。フラッシュ(減圧沸騰)した蒸気、熱水から分離器で蒸気のみを取り出すため、高温な地層に向いている。

「バイナリ―方式」:水より沸点の低い別の液体(アンモニア等)を過熱し、蒸気でタービンを回す。水と他液体、2段階の作業を行うのでバイナリ―と呼ぶ。蒸気が少なかったり、温度が低い地層での設置が可能である。

バイナリ―方式のほうがコスト高であるため全体に対してのシェアは20%強であるが、現在の世界的トレンドはバイナリ―方式に傾いており、2010年以降アメリカで導入されたバイナリ―方式はフラッシュ方式の約8倍である。

逆転が起きたのは近年の技術革新で低温での操業が可能になったことや既存施設に追加できることが開発コストを押し下げたことによる。

またバイナリ―方式のほうが環境に負荷がかからない。一度利用した熱水を地中に戻すことで地下水の減少を避けることができる。シェール開発で環境破壊が社会的問題に発展したことから、バイナリ―方式を選択する企業が増えると思われる。

 

地熱発電を利用することでのメリットは、太陽光や風力のように天候に左右されないこと、24時間発電が可能であり、枯渇の恐れなく安定供給できる点が挙げられる。特に日本のような非産油国からすればエネルギー自給率を引き上げることが期待できるため積極的に活用をしていくべきである。

調査によると、地熱資源は1位アメリカ(3000万キロワット)2位インドネシア(2779万)3位日本(2347万)となっており、環太平洋火山帯に豊富であるものの、発電設備容量でみるとアメリカ、インドネシアと続くが日本は8位となる(IEA)。

地熱発電が日本に普及しなかった背景には経済的、制度的な要因がある。井戸を1本採掘するのに数億円単位でコストがかかる(1Kmの採掘に1億円かかると言われる)。有望な地層を見つけるのも困難であるから事業リスクが高い上に、調査から掘削、発電までのサイクルが15年程度かかるため採算が読みづらい。そして熱源の多くが国立、国定公園に存在し行政との調整、または温泉地などでは湧出量減少等の可能性を地元財界と調整しなければならない。コスト、時間が莫大にかかるもかかわらず収益化が約束されない、という事情が導入を遅らせたと考えられる。

しかし皮肉にも日本企業の持つノウハウは世界でも突出しており、INPEX、JPOWER、住友商事伊藤忠といった企業による開発は世界中で行われており、設備面においても世界メーカー別シェアで東芝三菱重工富士電機を足すと70%以上ある。ただ問題は、主だった技術は「フラッシュ方式」である点である。「バイナリ―方式」シェアでみると日本企業のシェアはほぼなく、オーマット(70%、米国)、TAS(5%、米国)と約8割がアメリカ勢になっている。

急成長する「バイナリ―方式」に如何に官民が取り組むかが喫緊の課題であるが、ここにきて変化の兆しが生じている。

環境省による自然公園法の規制緩和経産省による予算盛り込み等の動きはあったが、2021年4月に小泉環境相が2030年までに既存の60ある地熱発電施設を倍増させると発言し、それ以降に続く資源価格の高騰が、取り巻く環境を好転させている。

民間部門でも動きがある、オリックスが今年度北海道で稼働させる地熱発電所はバイナリ―方式であり、同社は2017年にオーマットの株式を取得している。九州電力も3月に大分で地質資源調査実施を発表し、翌月鹿児島で地熱発電所建設に向けた準備を始めるとも発表した。前述の富士電機も「バイナリ―方式」に参入し販路を広げているし、三菱重工も2013年にバイナリ―メーカーのターボデン(イタリア)を子会社化している。

 

日本は火山大国と言われるくらいで、決して地熱発電に不向きな国土ではなく、技術・ノウハウに乏しいわけではない。巻き返しに必要なのは官民挙げての対策である。太陽光、風力等でも日本は先行していたはずであるが、後発のキャッチアップに屈したのは、長期視点での産業育成がなされなかったからでもある。地理的な優位性と、先行し培ってきた技術的な優位性が剥落する前に、抜本的な見直しと看板政策としての地熱発電をアピールしてほしいものである。