ShiRaSe’s blog 元証券マンの雑記

20年の証券リテール営業を経験し、私見を雑記的に書き留めていきます。

中国の強み

中国の強みはいくつもあるが複数の点においては、その成長を可能にした要素のいくつかは既に失われたといってもよいだろう。

一例を挙げると、膨大で安価な労働力は過去のものである。生活水準や労働スキルが向上したことによって賃金の上昇が大きく、後発の新興国のほうが労働コストは安い。更に人口動態の観点からも一人っ子政策の反動と急速な高齢化の進行で労働供給量は今後下落していく。さらには今後、生産現場が自動化されていくと優位性はさらに薄らぐ。

また中国に生産拠点を移した企業も、トランプ政権時代から激化した米中摩擦を経て撤退を模索し始め、各国も経済安全保障上の理由やロシアのウクライナ進行で深刻化した政治的な理由で自国回帰を目指し始めている。

中国は巨額の公的債務や民間部門における負債の多さに問題を抱えるが、デフォルト回避のための救済策や政治的な中国恒大の分割、再編のような形で乗り切ってきた。いわば先送りではあるが、それを解決しようとすれば深刻な事態を起こしかねず、ゼロコロナ政策やインフレで傷んでいる現状からは到底抜本的な策は打てないだろう。

 

ただネガティブな要因だけでなく、IT分野やハイテク技術の向上はメリットである。半導体関連企業の採用担当から話を聞く機会があったが、中国の学生はレベルが高く、日本の学生では太刀打ちできないとのことであった。中国政府がファーウェイの世界市場からの締め出しにあって以降、半導体国産化を推し進めておりそれが成果を生みつつある。5G技術や普及に関しては欧米を凌駕している。

IT技術に関しても同様で、米国のIT圏から排除されて以降、排他的に自国テック企業との関係を強めてきた。欧米では人権侵害とされるような技術に莫大な資金を投じている。国民の監視を強めるような技術で党の支配体制を強化する狙いがあると考えられるが、顔認証や音声認識、EC等の購買履歴や、金融機関のクレジット履歴、それらをビッグデータとしてAIに分析させるということも危惧される。政治的に利用できる技術に関しての重点的な傾斜が今後も技術進歩をもたらすであろう。そしてアリババのジャックマーのように、優れた技術であっても、国の為に供出させなければならないという暗黙の了解があり、国防動員法などは外資企業も対象であるくらいだ。

かねてから言われている市場の大きさは健在で、中国指導部は「双循環」という成長戦略を打ち出している。外需への依存を減らし国内市場で完結する循環型の自律的経済基盤を創出し、市場の拡大でより中国の存在感を世界的に示すという戦略である。

ロシアのウクライナ侵攻を巡って、中国への対応がどのような帰結をもたらすのか。グローバル経済における中国の存在はロシアの比にならず、対応を誤れば悲劇的な帰結をもたらしかねない。いかに内に籠る中国を国際的なルールに引き出すのかが焦点となる。

 

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中国脅威論と愛国心

米国において中国脅威論が叫ばれて久しい。GDPや軍事、AIといった分野で遠くない未来に米国が凌駕されるというものである。それには説得力もあり現実的な脅威である部分も多々あるが、実際には政権に対する各省、業界団体のロビーイングによってもたらされ、盛られた部分がメディアを通じ増幅されたところも少なからずあるように思える。

冷戦、テロ、次に国を結束させるトピックは中国ということではないだろうか。歴代大統領は共産圏の脅威を訴えることで求心力を保てたであろうし、ブッシュ政権はテロへの脅威から20年近くに及ぶアフガン駐留に踏み切った。トランプ政権のころには厭戦感が高まり、経済的な負担も相当になっていたからこそ、中国への姿勢を厳しくし貿易戦争を仕掛けたとみることもできる。

ロシアにアメリカが派兵しない理由も、防衛義務がない点より戦略的な利益がないことが強調されているようにも感じられる。NATO非加盟のウクライナを守る義務はなく、ロシアと対立するリスクを負う必要もない、資源価格高は世界一の資源輸出国アメリカの立場を有利にするというメリットがある以上、派兵する予定は今後もないであろう。

過去アメリカが派兵したソマリアボスニア、対テロ作戦の一環としてのアフリカ・中東諸国への軍事活動はそもそも経済的な恩恵を享受できるような類の戦いではなく、世論の支持を得られない上に負担も相当に大きいものであった。極地的な対テロ、紛争、内戦においては「世界の警察」なることはできても恩恵は少ない。

一方、主権を持った大国相手の対立でアメリカほど存在感を出せる国はない、そして米国も超大国としての存在意義を、大きい相手と対峙した時に強く感じているかのようでもある。それ故に急成長を遂げた中国がその格好の相手であり、アメコミやハリウッド映画で見る構図、「ヒーロー」対「敵」そのものである。ただ注意を要するのは、お互いに必要としているというところでもありその意味で中国は「好敵手」と言っていいだろう。

米国が歴史的に結束できていたのは近代において、第二次大戦でファシズムを敵にした時、冷戦期ソ連と対峙した時(1980年代バブル期の日本もそうかもしれない)であると考えられるが、ベトナム戦争時には結束は起きなかったし、2001年にあれほどの惨劇に見舞われながらもその結束はアフガン撤退とともに雲散した。社会的な分断が大きくなっていく中で、アメリカを一つに結び付けるアイデンティティを作れるのは中国という存在だけなのかもしれない。

南米のリチウム

リチウムはEVの主要部品であることから新時代における「白い黄金」とまで言われる。ロシアのウクライナ侵攻も相まって過去1年で5倍以上に値段が高騰した。

埋蔵量が一番多いのは南米で、生産量でも三分の一を占めている。チリ、アルゼンチン、ボリビアにまたがる地域はリチウム三角地帯とも言われている。

しかし、それらの国々が資源を押し出した外交に打って出ることや、外資を呼び込み積極的な開発で経済成長を目指すという姿勢を見せてはいない。

シェアは多いものの南米固有の歴史的、文化的背景が開発を遅らせており、特にボリビアの遅れが顕著である。民間企業が南米で資源採掘に乗り出すには政治的な安定性や運営制度の透明性があって初めて成り立つものであるが、それらが欠けている。

ボリビアは世界最大の埋蔵量を誇るウユニ塩湖があるが、計画が進捗することなく撤退を余儀なくされる外資企業が多く採掘が進まない。地元住民の抗議活動で政府が締結した契約が破棄に追い込まれたケースもある。植民地時代の鉱物収奪の歴史が「自国が外国資本の食い物にされ、国富を奪われる」というトラウマを生み出している部分もあると思われる。また社会主義政権が長く続いたことからも迅速な収益化が図りづらいという背景もあったのではないか。

リチウムはその性質から商業的に採算が取れるようになるまでの道のりは長い。埋蔵量では南米が突出しているものの、生産量ではオーストラリア、中国が中心的であるのは費用の面で南米が劣るからである。リチウムは化学反応が起こりやすいため単体の鉱物として採掘されることはなく抽出する際の工程や加工において費用が多分にかかる。オーストラリアでは鉱石から、南米では塩水から抽出される。そして新規の鉱床から採掘、商品化までに5年はかかると言われるため契約時の条件が極めて重要になる。ロイヤリティーが高すぎると開発計画は頓挫することとなるがチリは50%と言われている。メキシコでロペスオブドール大統領がリチウムはメキシコ国民のものであると宣言していたが、リチウム電池やEV燃料に関する技術革新は新素材の登場やAIの活用で早まっている、経済的に誘因をもたらすような配分と採掘に乗り出さなければ南米諸国全体にとって宝の持ち腐れになってしまうことも考慮すべきであろう。

 

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電力不足に考える太陽光発電

資源高が長期化し電力需要が高まる夏、冬に安定供給が危ぶまれ、6日松野官房長官は記者会見で5年ぶりの「電力供給に関する検討会合」を開くと表明した。脱炭素という中長期的な転換が強いられる中でのエネルギー不足という難局に各国政府は立たされている。

解決には外交的努力や政治的働きかけ経済安全保障の確保といった様々な課題が山積みであるが、その一つとして「技術革新」も当然のことながら解決策となる。

610日日経にリコーの薄膜太陽電池量産の報道があった、昨今の太陽電池のトレンドについて考察してみたい。

太陽電池には大まかに以下の方式がある。

①シリコン型 ②化合物型 ③ペロブスカイト型 ④タンデム型 ⑤有機薄膜型

 ①従来型。シリコンの結晶を成長させて作る。 

 ②銅やイリジウムを使い作られる。量産可能であるが変換効率が10%程度しかないため普及に至らず。

 ③ガラスやプラスチックに液体を塗布することで作る。2009桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授によって発明された日本発の技術。重量はシリコン型の10分の1程度、柔軟性がありシリコン型では設置ができない場所でも利用可能。発電効率はシリコン型と同程度の10%~20%。コストはシリコン型の半分。耐久性が低く約2年程度での交換が必要。

 ④シリコン型の上にペロブスカイト型を乗せたハイブリット型。発電効率30%近い。

 ⑤ペロブスカイト型と同様、軽量で柔軟性があり、コストもシリコン型の半分程度で抑えられる。ペロブスカイト型より発電効率では劣るものの耐久性の点で優位である。

 

現在の太陽光普及率を計る手段として平地における太陽電池の設備容量を計る方式がある。2019年時点で日本は主要国の中で突出してその数値が高く、2位のドイツの2倍以上ある。これが意味することは、日本は国土に占める平地が少なく、既に飽和状態であるということである。景観や生態系への影響、環境への懸念から発電設備設置を規制する自治体が多く、そのことで平地に発電施設が集中してしまっている背景がある。それを解決するのが軽量で柔軟性があり折り曲げての使用も可能なペロブスカイト、有機薄膜型である、今まで利用ができなかった建物外壁や窓、自動車といった新たな設置スペースを生み出す可能性がある。

ただし注目のペロブスカイトであるが問題もある。日本発の技術でありながら基本的な部分において海外で特許を取得していない。前述の宮坂氏が大学ベンチャーとして創業したぺクセルテクノロジーズは国内で基本的技術特許は抑えているものの、高額費用がネックとなり海外特許を申請しなかったそうである。海外企業は日本国内で特許登録された情報を活用することで、特許料を支払うことなく生産に臨むことができる。技術流出が起きてしまっているのである。太陽電池は参入障壁が低く、開発競争が激しい。また新たな方式が続々と生まれてきているため、研究の遅れは国際的な競争力を失うことに他ならない。中国では太陽電池開発に日本の数十倍の開発者がおり実用化を進めているとの調査もあり、国家重点研究開発のテーマに設定し材料開発や大型化を進めている。IEAの分析によると、向こう50年で太陽電池の導入量は2020年の20倍に増え、全発電量は10倍になるとしている。超巨大市場の誕生に手をこまねいているようでは後塵を拝すこととなってしまう。

今回報道があった薄膜太陽電池に関しては、2035年までに市場規模が5倍になるという調査がある。そして薄膜太陽電池は材料候補が数十万種あると言われ、ペロブスカイト型が数種類しかないことと比べ、極めて大きいポテンシャルがある。官民がともになって、制度策定と研究開発を進めていかなければならない。

 

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仕組債の功罪

メディア媒体で仕組債の報道が増えている。様々な解説がなされているので詳しい商品性は割愛するが、仕組債というワードを頻繁に目にするようになった理由は明らかである。

  • 運用が失敗し、苦情やトラブルが増えたから
  • 銀行、証券会社、IFA等の販売が過度に行われていたから。
  • 投資家、販売側も失敗経験が少ないから
  • 金融庁が問題視したから

問題1 販売姿勢

仕組債はオプションやスワップを利用した金融派生商品である、債券を組成する際に個別株、指数、為替、金利等、様々な投資対象を組み込むことで利回りを高くすることができる。一方で、構造や商品性が複雑であるのでリスクの所在が分かりづらくなっている。さらにコスト体系が不透明でブラックボックス化されている。

本来、機関投資家ニーズに沿った商品性であるから、個人をターゲットにすること自体に難しさはあるのだが、長引く低金利を背景に、比較的短期の運用になり高利回りであることが個人投資家に支持されていた側面もある。

しかし結論から言うと、自己責任のもとに投資家のリテラシー不足というのは簡単ではあるが、販売側に帰する責任のほうが大きい。

というのは、販売側からすると、上述した利回りが高い、短期で運用できる、手数料体系が不透明というのは格好のセールス材料となる。さらには「株」ではなく「債券」とことさらに強調したセールスが可能になる好商材だからである。

発行体と運用対象が異なるというのも、誤認を生じさせやすい要素である。

例えば「A国B銀行発行 円建て トヨタ自動車対象 EB債」というものがあったとする。営業員は「株ではなく債券で」「トヨタを対象に」「円で」と売り込むが、トヨタ自動車自身は運用に一切関わっていない、運用対象に選ばれているだけである。しかし、上記3要素に加えて、「高い金利」と「期間」を繰り返し念仏のようにセールスされれば、「トヨタなら安心だ」となってしまう投資家が多い。

そして大抵の仕組債には早期償還条項(ノックアウト)がついており、運用対象株価が5%上がるといった、一定の状況下において運用期間が、早期に満期となることで短くなる。これが何を意味するのかというと、金融庁が問題視する投資信託における回転売買の代替収益源になるということである。

2021年投資信託の平均保有期間が過去最長になった。これは金融庁が金融機関に対して投資信託の乗換販売に対し厳しい姿勢で臨んだ結果であるわけだが、販売会社からすると収益源が断たれるのに等しい。その状況下でマーケットの好調さを追い風にパフォーマンスが上がってきた仕組債に白羽の矢がたったわけである。

それまでのように好況時に含み益が生じている投資信託を売却し、他の投資信託を買付ける乗換提案はできない。しかしマーケットが上がれば、仕組債は満期になる、そして新たな条件を提示することで同一資金を仕組債に再投資することができる。金融庁に目をつけられるような投資信託の乗換手数料を獲得するリスクを負わずとも収益化が図れ、それもマーケット上昇局面であれば、償還から再度販売する機会が短期間のうちに何度も訪れる。

(余談であるが、証券会社の一部では投信信託の保有期間を延ばすために、顧客の売却意向に応じない、月間の乗換件数、乗換販売額を決める、投資信託の販売金額をノルマとする、といった方策で計画的に保有期間をコントロールしようとしている。)

販売側にとって「売りやすく」「儲けになる」からこそインセンティブになり、それを突き詰めていく販売姿勢が問題である。

問題2 販売経験の少なさ

周期的に仕組債ブームが来るが、現場一筋という営業マンは多くはない。中堅営業員以上であればリーマンショックや東日本震災での暴落を経験しその顧客対応の中で仕組債のリスクを嫌というほど体感させられたはずであるが、2013年以降にキャリアをスタートした営業員やそれ以降に投資を始めた投資家はアベノミクス相場以降、基本的に上昇トレンドであったので、下落しても戻る、時間がたてば大丈夫という感覚を持っていたのであろうと思う。他社株転換条項付債券(EB債)についても、運用が成功裏に終わらないと下落し、評価損の状態で株券が戻ってくるわけであるが、2021年3月に日経が30年ぶりに30000円を超えた。そのような環境であればリスクは覆い隠されていたといってもいいだろう。著者も現場で目の当たりにしたが、新入社員や若手社員が驚くような成約を取ってくるのが一番多かったのが仕組債であった、おそらく何の偏見もなくセールスできたのであろう。

問題3 販売媒体の増加

最近の傾向として販路が増えたことも一因である。2021年6月の金融庁発表の「投資信託等の販売会社定量データ分析結果」から見て取れるのは、低金利の運用難に直面し、販売を強化した地銀や独立系IFAの一部の増加しているということ。ちなみに販売手数料平均は業界で2.5%強(実質的なコストとは異なる)。新たな販売者と新たな投資家が増えたことが、問題を大きくしたのではないだろうか。

今後の販売環境

金融庁も事態を深刻に見ているようで、今後規制が強化されていく見通しである。

2021年12月の金融審議会におけるワーキンググループで仕組み債の情報開示について議論がされ、手数料構造を含めた情報開示を是正するべきという意見が出席者からでていた。かねてから金融庁仕組み債に限らず、投資家が適正に投資判断を行えるよう、商品性やリスク、コスト等をまとめた「重要情報シート」を使うように求めていたが、投資信託等では普及していたものの、仕組債での導入は図られていなかった背景がある。

そして2022年3月日本証券業協会は、仕組み債の販売時にコスト開示をするように意見を出し、一部の証券会社での検討が始まっている。

アメリカにおいては目論見書で販売価格と評価額を記載させ、実質的負担を開示するようにSECが求めている。今後自主的な開示でなく、義務としての開示が金融機関には求められてくると考えられる。

個人投資家はどう付き合うべきか

商品としてネガティブな点や販売上の問題を指摘したものの、著書は仕組債そのものについて肯定派である。

自身がリスクの所在を認識することができ、リターンが差し出すリスクに見合っているという運用的価値を見出すことができるのであれば利用すべきである。投資の世界に一方的な搾取はない、ギブアンドテイクの価値観のやり取りであるから、仕組債の存在自体が悪ということはない。

利用にあたって最低限必要なのは、自身で運用対象への理解を深めること、貯蓄ではなく投資であるということをしっかり認識することである。

社風と人材

人材が人財と言われるようになって久しいが、本腰を入れて取り組む企業はそう多くはない。理由を推察するに、人的資本教育に明確な答えがないということに行き着く。今夏政府は人材投資に関する経営情報を開示するように企業へ求めるということであるが、非財務情報に関する認識が高まってきている半面で現場に落とし込んで何をすべきかが見えづらいということも一因であろう。

働く意欲、社員の幸福度において日本は諸先進国に比べ著しく出遅れてしまっている。「社畜」「ブラック」「残業」「パワハラ」といった負のワードがトレンド化してしまうのは、「働きがい」に乏しいということの表れである。

大量に採用しマニュアルに沿った顧客対応とセールスを研修で学ばせ、厳しめの目標設定を課す、その結果離職率が高いという「ターンオーバー」や「新卒一括採用」、「終身雇用」「年功序列」といった今まで通用してきた常識が変わってきたことに他ならない。そしてそれらの諸制度、慣習を生き抜いた社員が現在の経営幹部層になっていることが変革の障害になっている。人的な投資はコストであり、損益上マイナスになることからも現場の短期的利益が優先されたり、「やる気、働きがい」に対しての投資は甘えという「嫌なら辞めろ」的考えもいまだ存在するからである。経営論、マネジメント論に流行り廃りはあるが、このパラダイムシフトにどう対応していくのかを世界的企業の事例とともに考察してみたい。

  • ネットフリックス

ベストセラーになった「No Rules」に詳しいが、公表された行動規範・企業文化はフェイスブックシェリサンドバーグをして「シリコンバレーの最高傑作」と評された。ルールに縛られることを嫌い、優秀な個人が独立して自発的に意思決定を行う、生産性を高く創造性を発揮するためには手段を厭わないというのが基本理念である。フラットな階級構造であるため上下関係なく常に議論し率直に意見を言い合うカルチャーが特徴である。一方で徹底的に成果主義であり、自由の対価としての成果に対しての責任が厳しく評価される。

  • グーグル

世界的に有名な20%ルール「仕事時間の中で、20%を社員が個人的にやりたいプロジェクトに割り当てることができるプログラム」や無料のシャトルバスや食事、独創的なオフィススペースなど高い福利厚生が特徴で、ネットフリックス同様、個人の独創性、独立性を求めている。違いは、理念が社会的なインパクトやミッションの実現という比較的長期なものに設定されていることと、心理的安全性が重視されていることである。

  • アマゾン

GEが広め、かつてマイクロソフトも利用したスタックランキングシステムを導入しているのではないかとリークされた内部文書から指摘されている。従業員の成績に従ってランク付けを行い上位にはボーナスを与え下位は解雇するシステムのことを言う。ネットフリックス同様に自由と結果に対しての責任が明確な企業である。

  • ブルネロクチネリ(イタリア)

人間主義的経営。労働者の尊厳を第一に置くマネジメント。労働時間は短く、給与水準も高い。職人のメンタリティーと製品のクオリティを高めるために、劇場、図書館なども敷地内に作り、アカデミーも開講している。

  • 丸井

「手挙げ文化」、10年以上かけ浸透させた、社員が職種変更や社内プロジェクトの参加に自らが決めることができる文化

  • パントンライ(中国)

小売。地域内で高い給与提示、有給取得の奨励、無料休憩室、ジム、シャワー等福利厚生の充実。年末には利益の3割を従業員に還元。現場社員の声を取り入れる。従業員天国と言われている。

 

規模を問わず世界中の企業が試行錯誤しながら従業員教育や社風の確立に努めているさまが見て取れるが、会社を公器として捉え社会的課題の解決や社会貢献といった存在意義を達成するための環境が社風で、理念を共有する者を人材というのではないだろうか。

ネットフリックスのカルチャーデックに対して日本の最高傑作はソニーの設立趣意書「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」であろう。井深大の言葉が表すように、今の日本企業にとって必要なものはリスキリングや働き方を変える以前に、拠り所となるアイデンティティーとしての経営理念と存在意義の再教育をすべきである。

そしてこれからの企業は利益の源泉になる特許や商標といった細部にわたる知財、技術。人材、文化、伝統といった企業を構成する無形資産を投資家に訴えかける術を磨かなければならない。

一部の調査では2010年以降、主要米企業の企業価値の8~9割は無形資産と言われるが日本企業は3割程度に留まる。一方で財務指標であるPBRは日本のほうが低く放置されてしまっている。

21年内閣府は「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」をまとめた、6月7日の閣議決定で骨太方針に「人への投資」に4000億円の予算が組まれることとなった、今後も人的資本、研究開発のような長期に捉えるべき資本や様々な観点からの企業価値が評価されるような改革が進捗していくことに期待したい。

キャシー・ウッド(ARK)の功績

「ハイテクの女王」と言われ絶大な人気を博したキャシー・ウッド率いるARKが相当な苦境に立たされている。ブルームバーグが報じた6月1日までのデータによると、上場9本の運用資産額が年初から48%の減少し153億ドルとなった。投資家の資金引き揚げのみでなくパフォーマンスの低下が資産減少を招いており、9本すべてで2桁のマイナスを記録している。一方で資金流入は1.67億ドルであった。

コロナショック後、様々な形での新常態が世界的に生じ、それを追い風に特需に沸いた企業が投資対象の中心であったことが抜群のパフォーマンスを産みだし、2020年3月からの約1年間は圧倒的な値上がりを見せていた。キャッシュフローが赤字でも将来性のある企業を組み込むアグレッシブさがコロナによる新常態、低金利にマッチし資金流入を加速させた。しかし現在は金利上昇によってそれらの企業群の将来的に生み出す利益成長が割り引かれてしまい、値上がり分をすべて吐き出すような下落に見舞われている。いまや完全に「王」はバフェットであり、ウッドは裏切り者かのようである。このまま下落や資金流出が続くのか、今が底値なのか、ARKについて掘り下げる中で彼女の功績を考察したい。

ファンド設立は2014年。ARKの由来はインディージョーンズでお馴染みの「聖櫃(アーク)」とも言われるが、「Active,Research,Knowledge」の頭文字である。資金的なスポンサーになったのは、昨年世界の金融機関に多額の損失を発生させ大問題になったアルケゴスのビル・フアン。

それまでウッドはジェニソンアソシエイツ、アライアンスバーンスタイン等でエコノミスト、ストラテジスト、運用者と様々な役職を経験している。マクロ的アプローチや経営幹部層としての経験を兼ね備えており、そこから推測できるのは、ゲームストップ騒動に象徴されるよう投資家のように楽観的にコロナバブルに乗って投機的に振る舞っていたわけではないということではないだろうか。

ファンドの運用方針に関しては高成長でボラティリティの高い小型株が中心で、破壊的なイノベーションを重視。ファンド運用メンバーも特徴的で、業界の花形アナリストや運用者を雇用するよりは、それぞれの業界に詳しい専門家(科学者、医師など)を重宝し、金融業界外部の意見を積極的に取り入れるのが特徴である。

 

ARKは現在、9本のETFを上場させている。

①ARKK アークイノベーション(ARK Innovation ETF)旗艦ファンド。産業イノベーション、ゲノム、Webx.0(次世代のウェブ)の3分野で、破壊的イノベーションの恩恵を受ける銘柄が投資対象。

②ARKF アークフィンテック(ARK Fintech Innovation ETF)。フィンテックイノベーションが投資対象。

③ARKG アークゲノミック(ARK Genomic Revolution ETF)。ゲノム、バイオ関連のイノベーションが投資対象

④ARKQ アークオートノマス(ARK Autonomous Technology & Robotics ETF)。自動化、ロボ技術関連のイノベーションが投資対象

⑤ARKW アークネクストインターネット(ARK Next Generation Internet ETF)。IOT等の次世代インターネット関連が投資対象

⑥ARKX アークスペース(ARK Space Exploration ETF)。宇宙関連が投資対象

⑦PRNT アーク3Dプリンティング(3DPrinting ETF)。3D関連が投資対象

⑧IZRL アークイスラエル(Israel Innovative Technology ETF)。イスラエル企業に着目した投資 

⑨CTRU アークトランスファレンシー (Transparency ETF)。直訳すると「透明性」。社会的課題の解決に貢献でき、成長が見込め、企業経営上の透明性が高い企業への投資。

 

其々に特色はあるが、徹底的に社会を変容する可能性がある破壊的イノベーションを重視していることが表れている。

2022年の年間レポート「BigIdeas2022」でも余すことなく今後有望なテーマが14も133Pに渡り解説されている。また日興AMのマンスリーレポートでも同様の発言がなされており、アマゾンやアップル、テスラを引き合いに出しながらロングタームの視野と長期的なメリットを重視してほしいと括っている。

そしてキャシーウッドを一躍有名にしたのがテスラへの投資である。2018年に300ドル台であったのを5年で700~4000ドルになると発言し話題となった。当時株価低迷でテスラ自身が非上場化を検討していたが、取締役会宛で上場を維持してほしいと書簡を書いたとの逸話もあるほどである。4000ドルというのは荒唐無稽で現実離れした株価であったが、その後テスラは5分割を考慮すると2021年にテスラ株は6000ドルになった。

ARKの功績はこのエピソードに表れているのではないか。イノベーション企業を発掘することにおいては他に例を見ない存在と言える。そして独特の分析方法。従来的な縦割りや業界内に籠るようなことはせず、オープンなプラットフォームで研究を行い、外部の知見を取り込み、さらにそれをシェアすることは金融業界慣行に一石を投じている。

そしてもう一つの功績は長期投資の重要性とポートフォリオバランスの重要性を世に問えたこと。GAFAを例にとっても初めから突出した企業であったわけはなく、イノベーション企業への投資というのは将来から逆算して、いつか起こるであろうパラダイムシフトに備えることでもある。そしてすべてのベンチャー的投資がテスラのように成功するわけではない、ポートフォリオの中に適正なグロースへの配分を投資家は考えなければならない。

 

ファンドには様々な運用スタイルがあり、代表的なアクティブ、インデックス、細分化していけばイベントドリブン型や裁定取引型と枚挙に暇がない。そしてそれらのファンドが運用手法や分析ツールを駆使し成績を競い合うわけであるが、ARKファンドは運用巧者という側面はなく、先見性に富んだ、強い運用哲学と信念を持ったファンドと言えるのではないか。ウッドの半生からも、ぶれずに首尾一貫したイノベーション企業投資への哲学とアイディアがある。

過去1年の下落幅は相当なものであるのは事実である、彼女の言うように長期で考え、積み立てなどで投資を始めるにはいい水準であるのではないだろうか。

 

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